そんな話で友人と盛り上がってしまいました。
手書きがワープロになり、ワープロがパソコンになりました。インターネットが登場し、ダイヤルアップ回線から光ファイバーへと進化して、大容量のデータも簡単に送れるようになりました。固定電話が携帯電話になり、携帯電話がスマホになりました。
これだけ技術が進歩したのですから、仕事の仕方も大きく変わったはずです。
しかし、どうでしょう。確かに一つひとつの作業は格段に速くなりました。それでも労働時間が劇的に短くなったわけではありませんし、その分だけアウトプットが何倍にも増えたという実感もありません。日本経済も、長い間大きな成長を実現できずにいます。
そもそも、日本企業は世界的に見ても早くからパソコンなどのIT機器を導入しました。
ところが、パソコンを使って効率的に資料を作ったものの、それを紙に印刷し、ハンコを押し、人が持ち回り、コピーを取って配布し、最後はファイルに綴じる…そんな仕事の流れを残したままで、変えようとはしませんでした。
ネット、クラウド、スマホの時代になっても、似たようなことが繰り返されてきたように思います。
そして今度は生成AIの時代になりました。
文章を書く、要約する、調査する、翻訳する、資料を作るといった、多くの作業が格段に効率化されました。ところが仕事は減るどころか、AIで簡単に作れるようになったために、以前なら作らなかったような資料やチェックリスト、コメントまで大量に飛び交い、逆に仕事が増えているようにさえ感じます。
せっかく新しい技術によって時間が空いたのに、その空いた時間を埋めるようにムダな仕事を作っているようです。
ワープロがパソコンになったときも、インターネットが普及したときも、スマホが登場したときも、そして生成AIが登場した今も、本当の問題は同じなのかもしれません。新しい道具を導入するだけでは、生産性は上がりません。その道具によって不要になった仕事をやめることが重要なのです。そして1時間かかっていた仕事が10分でできるようになったのなら、残った50分でさらに良い仕事をする、新しい商品を考える、新しいお客様に会う、あるいは早く仕事を終えて休むことです。そうやって初めて技術革新の意味があるのではないでしょうか。
せっかく素晴らしい道具が次々と登場しているのに、それを使って無駄な仕事を増やしているのは残念です。
